三重県知事 鈴木英敬ブログ「すごいやんか!三重」RSS配信サービスを利用する

想った事や感じた事、活動などをご報告していきます。(2012年1月スタート!)

全国トップクラス秋田県の学力向上の取組を視察してきました

2015.06.26

一昨日、全国学力・学習状況調査において、毎年全国トップクラスの成績を収めている秋田県に視察に行ってきました。由利本荘市の西目小学校と西目中学校にお邪魔しました。加えて、秋田県が出資する国際教養大学にもお邪魔しました。
秋田県が学力向上の取組を進めたきっかけも、43年前、全国学力調査で低位となり、関係者みんなの「危機感」から。三重県も、みんなで徹底して取り組めば、絶対にやればできると信じています。
さて、たくさん素晴らしい点はありましたが、まずは授業スタイルの統一。
全ての小中学校において統一されているスタイルは、
先生が課題を提起→自力で解決を図る→チームで話し合い→それらを発表する(その際先生が生徒たちに多様な視点を示し「ゆさぶり」)→振り返り→まとめ、と進みます。この過程において、先生が、子ども達にたくさんの「問」を発し、どんどん考えさせる工夫をしています。そして、教頭先生もチームティーチングの一員となって、その場で子ども達の机に行って、正解に丸ツケをし、褒め、できていない子にはその場で支援をします。...
その他、その地域の先生の授業関係の指導役となる「教育専門監」や「コアティーチャー」制度、教育事務所(地域の出張所)が市教委や学校を頻繁に訪問し適切な支援、教育長や校長のリーダーシップなど。
いずれにしても、県教委も市教委も学校も先生も、みんなが子どもたちのために一丸となって、あらゆることを、共通理解・共通実践する努力をしている、そしてとにかくそれらを徹底するという姿勢を持っている、それらを強く感じました。
最後には、子ども達と給食を一緒に楽しく食べました。メニューはカレーライス。
国際教養大学は、全ての授業が英語、3年生時に全ての生徒が海外留学、就職率100%の大学です。開学後10年を経過し、経済効果は約40億円と言われています。地方でも国際的な学術研究や人材育成ができるということを実感しました。学長は、「大学は地域のための産業だ」という言葉が印象的でした。写真は、24時間365日、生徒のために開放されている図書館です。
大変勉強になる有意義な視察でした。地元メディアもたくさん来ていただき、取り上げていただきました。今後の三重県の教育・人づくりにしっかり活かしたいと思います。

 

三重県総合博物館「戦後70周年記念事業 みんなの近くにも戦争のキズあとがある」を見てきました

2015.06.22

三重県総合博物館(MieMu)で開催されているトピック展示「戦後70周年記念事業 みんなの近くにも戦争のキズあとがある」を見てきました。6月6日からスタートし、28日(日)まで開催しています。昨日も鈴鹿市内の小学校から見学に来ていただいていました。ぜひ多くの方々に見ていただきたいと思います。

三重県における戦争被害の状況、戦中や戦後の市民生活、戦中や戦後の三重県における公文書、戦争体験者や遺族の方のインタビュー映像、戦中に起こったM7.9で1000人近くの死者が出た昭和19年12月の昭和東南海地震の被害状況など、博物館が所蔵していたものを含め、多くの皆さんのご協力で貴重な資料が多数展示されています。

三重県内でも6500人以上の方が亡くなりました。その痛ましさを改めて痛感しました。特に、昭和20年7月28日のB29による爆撃で、津市などで大きな被害を受けたわけですが、その際の本物の焼夷弾や、被害の状況が克明に示された写真などは強い印象を受けました。

また、特に印象を受けたのは、戦時中の子ども達の玩具の「ヨイコ ヌリエ」という、ぬり絵の本の実物があるのですが、そのぬり絵をする絵は、爆撃機や戦車が出ていて、子ども達の遊びにまで、戦争が影を落としていた状況に、心を痛めました。

公文書の中では、終戦のご報告のため、昭和20年11月に昭和天皇が三重県に行幸され、戦争被害の状況をご視察された後、翌日に伊勢神宮を参拝された様子を、当時の三重県知事が議会に報告するものがありました。それを見た私は、今知事という職に就かせていただいており、改めて身の引き締まる思いになるとともに、その当時自分が知事だったらどのような対応をしているだろうかと想像するなど、深く考えさせられるリアリティのある公文書でした。

貴重な資料が多数ありましたので、今回に限らず、今後も一人でも多くの県民の皆様が展示を観覧していただけるよう検討を指示したところです。ぜひ戦後70周年のこの年、日本の平和のために力を尽くした先人たちやご遺族に思いをはせつつ、今一度私達や次世代の平和を考える契機にしていただければ幸いです。

サミット開催決定から1週間

2015.06.18

来年のG7サミット開催が、三重県・伊勢志摩での開催が決定し1週間、たくさんの方々からお祝いのメールやメッセージをいただきました。改めて感謝申し上げます。

先日は、総理、官房長官にお礼を申し上げてきました。また、伊勢神宮には今後のご協力についてお願いに行ってきました。

総理からは、伊勢神宮や志摩の自然に対する強い思いを聞かせていただきました。また、小さい頃に志摩観光ホテルに来て、伊勢エビのポタージュを飲んでいただいた経験や、これまでサミットに4回参加しての「おもてなし」ポイントなどについてもアドバイスをいただきました。しっかり関係機関と連携して、万全を期していきたいと思います。また、官房長官からは、「皆さんで協力して晴れにしてくださいね」ともおっしゃられました(笑)

開催決定から1週間、関連企業の株があがったり、旅行券の売上が伸びたり、ふるさと納税が急増したり、三重テラスの販売が伸びたり、サミット効果も出ていますが、気を引き締めて、とにかく安全でおもてなしにあふれるサミットになるよう全力を尽くしていきたいと思います。

 サミット開催決定を受けて総理訪問の写真

来年のG7サミットが「伊勢志摩サミット」に決定!!

2015.06.05

来年のG7サミットが、「伊勢志摩サミット」で決定しました!!
本当に本当に嬉しいです!!
まずは、誘致実現にご協力いただいた全ての方々に心からの感謝を申し上げます。全国中の方が、この「日本人の心のふるさと」を応援してくださいました。たくさんのお祝いメッセージもいただきました。ありがとうございます。
そして、魅力的な候補地がたくさんある難しい選択の中で、当地にご決断頂いた安倍総理に感謝申し上げたいと思います。これまで当地に何度もお越しいただいた総理ならではの記者会見でのお言葉だったと思います。

他方、これから約1年、政府や地元のみなさんと協力して、三重県が経験したことがない大作業が始まります。気を引き締めて臨まなければなりません。訪れていただく方にとっても、三重県に暮らす方々にとっても、最高レベルに安心安全で快適で、おもてなしが発揮されるサミットにしなければなりません。

1月に手を挙げてから約5か月。その間のエピソードを挙げればきりがありません。ぜひたくさん書きたいところですが(笑)、また次回以降にするとして、特に、再選後の2か月は、日々刻刻と変わる状況の中で、情報合戦、働きかけ、神経戦が続きました。戦略も練り直しながら進めていきました。必死の誘致活動でした。性質上、あまり表面に出しにくいものもありましたが、本当にたくさんの方々のご協力で今回成就しました。
しかし、それをしっかり後押ししてくださったのは、地元市町や経済団体の方々含め、まぎれもなく、三重県民の皆様です。伊勢志摩地域だけではなく、北勢の方も、伊賀の方も、東紀州の方も、中勢の方も、「英敬知事、サミット絶対頼むで!」と激励いただきました。そして、一人一人ができる行動をしてくださったおかげです。
三重県は一つになれる。三重県はまだまだよくなる。そう強く感じた5か月でした。三重県が経験したことがない千載一遇のチャンスです。県民の皆さんの協力を得て、三重県の総合力をアップしていきたいと思います。
今回アピールポイントなどは、また改めて。
写真は、一昨年の遷御の儀の折、安倍総理にお越しいただいたときのものと、会場地周辺の伊勢志摩国立公園のものと、昨日の記者会見です。
改めて、全ての皆様に感謝します。これからもよろしくお願いします。

「全国山・鉾・屋台保存連合会総会」と関宿での「一の鳥居」建て替えのためのお木曳に参加しました

2015.06.01

桑名で「全国山車・鉾・屋台保存連合会総会」が開催され、全国の皆さんが集う交流会に参加させていただきました。午前中は、関宿での「一の鳥居」建て替えのためのお木曳に参加させていただきました。

まず桑名の模様から。
さすが全国の有名な祭の保存をされている強者のみなさんばかりでしたので、すごい熱気と盛り上がりでした。めちゃめちゃハイテンション!!
ちなみに、三重県は、桑名の石取祭、四日市の富田の鯨船、伊賀市の上野天神のダンジリがそれぞれ国の文化財に指定されています。
交流会の後は、桑名市さんの素晴らしいおもてなしで、日本一やかましい祭と言われる石取祭を再現!!僕も太鼓たたかせてもらいました!
そして、桑名市では、今日、東海道の東の玄関である「七里の渡し」において、鳥居の建て替えのためのお木曳が行われます。神宮外宮の御正宮の棟持柱として20年経たあと、次の20年で内宮宇治橋の鳥居として、伊勢神宮を守り、お参りの方々をお迎えし、この七里の渡しに移され、地域の人や旅人を守ります。素晴らしい行事です。

次に関宿。こちらは、内宮の棟持柱だったご用材が、東海道と伊勢別街道の分岐点である東の追分の一の鳥居になります。そして、そのあとは、今回も神戸で震災の被害もあった生田神社に移されます。

このように、20年周期で、世代の「縦の糸」と、地域のみなさんという「横の糸」がつながる素晴らしい機会が三重県にあることは、本当に誇りに思います。これからも、県民の心ひとつに、伝統文化を大切にしていきたいと思います。

ぜひ県外の皆様も、改めて桑名や関にお越しください!


全国山・鉾・屋台保存連合会総会 関宿お木曳


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